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東京高等裁判所 昭和48年(行コ)45号 判決 1976年11月17日

控訴人 ジヨンソン・スチユアートマイルズ

被控訴人 横浜中税務署長

訴訟代理人 中島尚志 奥原満雄 ほか二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人が昭和四五年四月三〇日付「昭和四三年分所得税の更正加算税の賦課決定決議書」をもつて控訴人に対してなした控訴人の昭和四三年度分所得税の更正および過少申告加算税の賦課決定ならびに同四五年八月二七日付同名の文書をもつて控訴人に対してなした控訴人の右同年度分所得税の再更正および過少申告加算税賦課決定処分は各全部を取り消す。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張は、次に附加訂正するほか、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

一  <省略>

二  控訴代理人の陳述

被控訴人のした本件各処分は、次の所得税法、同法施行令の規定の趣旨からみても誤りである。

(一)  所得税法施行令第八三条について

所得税法施行令(以下単に令という。)第八三条は、同令第八四条、第八五条と共に、「所得金額の計算の通則」なる標目の下に定められたものであり、第八三条は「法人からその法人の株代をもつて利益の配当を受けた場合に於けるその株式にかかる法第三六条第二項(収入金額)の価額は、その株式の額面金額(その株式が無額面株式である場合には、その発行価額)による」と規定し、所得税法(以下単に法という。)第三六条第二項の適用の一場合であることを明らかにしている。

しかも、法第三六条第二項中には政令により例外を定めることを認める文言は存しないのであるから、令第八三条は法第三六条第二項の解釈規定と目すべきであつて、例外規定とみる余地はない。

そして、令第八三条が右のように規定するのは、株式配当によつて株式を取得するということは、株主が現金で配当を受けると同時に同額の現金を出資して新株を取得した場合と同視できるものとし、所得税法上、株主が現金出資により新株を引受ける場合には、新株発行のあらゆる場合を通じ、また新株の時価のいかんを問うことなく、課税すべき所得は生じないものと解する原則が採られていることを明らかにしたに過ぎないものというべきである。

しかるに被控訴人は、右規定を法第三六条第一項の「別段の定め」に該るものと主張するが、同項においても、政令で別段の定めをなすことを委ねてはいないからこの主張は誤りである。

(二)  令第八四条第一項について

令第八四条第一項は、株主でないものが新株引受権を与えられた場合に、かかる新株引受権の価額は、新株の時価とその発行価額との差額により算定すべきことを定めており、株主が新株引受権を与えられた場合については規定していない。このことは、株主として新株引受権を与えられたものについては、新株の時価とその発行価額に差があつても、これを考慮する必要がないことを定めたもの、換言すれば株主を引受ける場合には、新株の価額(すなわち収入金額)は発行価額と同額と解され、これを取得するためには発行価額と同額の金銭を払込まなければならない関係上、かかる株主に与えられる新株引受権は、その価額が零に等しくなるものと解されているからであつて、税務実務上もそのように取扱われている。

(三)  法第三八条第一項について

現物出質により新株を取得した株主については、その新株の時価より低い発行価額によつて取得した場合であつても課税すべき所得が発生しないものと解すべきことは、前記各規定の趣旨から明らかというべきであるが、新株に限らず、一般に売買により資産をその時価より低い価額で買入れた買主に対しても所得税法上右売買取引によつては課税すべき所得が生ずるものとは解されていない。すなわち、右資産の買主が、買入れた資産を将来他に転売する場合には、転売による譲渡所得の計算の問題を生ずるが、譲渡所得に関して定めた法第三三条第二項は、譲渡所得額は収入金額から資産の取得費および資産の譲渡に要した費用を控除すべきものとし、法第三八条第一項は、譲渡所得額計算上控除すべき取得費とは、資産の取得に要した金額ならびに設備費および改良費の合計額と定めている。したがつて、買主の資産転売による譲渡所得額は、転売価額から資産の取得費である買入時に支払つた金額(設備費、改良費を除外して考えれば、)を控除して計算すべきこととなる。

殊に、法第三八条第一項は、資産の取得費として「取得に要した金額」といつており、「取得した時における資産の時価」とはいつていないのであつて、買主が右資産を取得した際、時価より低い価額で買入れて利得したようにみえても、その時点では課税すべき所得は生じないものとして取扱われ、右資産を転売したときに、転売により収入する金額のうち取得に要した金額を超える分のすべてにつき譲渡所得ありとして課税されることになるのである。

法第三八条第一項のこのような規定は、結局売買取引において資産という「物」を得た場合においても、その「物」の時価によつて収入金額を算定しないことを意味するものであり、このような場合の収入金額は、売買の当事者が当該資産の価額として合意した売買価額をもつて当該資産を取得したことによる収入金額として算定されることになるのである。

(四)  以上のように、所得税法ならびに同法施行令の他の諸規定との関連で法第三六条第二項を合理的に解釈すれば、被控訴人主張のように、つねに「物又は権利」の時価ないしは客観的な価格によつて収入金額を算定すべきではなく、むしろ原則的には、取引の当事者が物又は権利につき取引価額を定めている場合にはその取引価額をもつて収入金額を算定すべきものということができる。

(五)  控訴人が、本件不動産の現物出資により、訴外関東不動産管理株式会社から取得した株式は、すべて控訴人が同訴外会社の株主として与えられた新株引受権に基づき現物を出資して取得したものである。右訴外会社の株主は実質的には控訴人一人であつて、他の株主六名はいずれも名義上の株主に過ぎないのであるから、新株発行による旧株式の価値の下落による損失と新旧の引受による利得は結局相殺されて損得なきに帰するが、強いて考えても右六名の損失において控訴人の利得に帰した部分六株分につき課税対象として考慮し得るに過ぎないのであつて、株主名簿所載の株主は新株引受権を有する旨の定款の規定から云つても改めて新株引受権を付与する旨の取締役会の決議を要しないのである。従つて、本件にあつては、控訴人の収入金額を、新株の発行価額で算定すべきことはいうまでもないところであり、株式の時価によるものとした被控訴人の本件各処分が誤りであることは明らかである。

三  被控訴代理人の陳述

被控訴人のなした本件処分は、控訴人が主張するように令第八三条、第八四条第一項、法第三八条第一項の規定の趣旨に反するものではなく、控訴人が本件不動産の現物出質によつて取得した株式を時価で算定し、これを譲渡所得計算上の収入金額とした被控訴人の処分に誤りはない。

(一)  令第八三条の規定は、利益の配当が、その法人が新に発行する株式をもつてなされた場合に限り適用されるのであるが、新株の発行は、旧株の含み益の新株への移行がなされ旧株の値下りを必然的に惹起するものであり、もし右配当所得の収入金額を法第三六条の規定に基づき株式の時価により算定することとすると、当該配当を受けた株主が保有する旧株の値下り部分は控除されないままに収入金額が算定されることになり、これを株主からみれば、何ら経済的な利益が得られないのに課税されるという不合理が生ずることとなるため、同条を設けて株式をもつてする利益の配当にかかる収入金額は額面金額によるものとしたのである。

(二)  令第八四条第一項は、新株引受権にかかる価額について、株主として与えられた場合と、それ以外の者に与えられた場合とに区別し、当該新株引受権が株主として与えられた場合には課税しないことを間接的に規定している。

このことは、次に述べるような合理的理由に基づくものである。すなわち、株主が有する割当基準日前における、株主の新株を引受けうべく期待的地位が、経済的な利益であることは疑いないが、その地位のもつ経済的な利益は、増資決議後の株式(親株)に新株プレミアムとして加算され、その株式の値上りを示すものということができる。かようなプレミアムの生ずるのは、将来発行される新株は、配当その他で旧株と同様に取扱われ、旧株と殆ど同じ価額をもつて取引されることになるためであるが、それはまた旧株の含み価値(未実現利益)が新株に移行することをも意味するものであつて、この結果、株主からみた場合には、その時点において何ら経済的な利益の稼得がないこととなるにも拘らず、当該新株引受権にかかる価額を株主以外の者と同様に算定すると、旧株の値下り部分相当額が控除されないこととなり、実質課税の見地からみても明らかに不合理が生ずることとなるため、株主として新株引受権を与えられた場合はこれを除外することにしたものであり、これに反して、株主以外の者が当該新株引受権を与えられたときは、右に述べた旧株の値下りはこれを考慮する必要がないため、右新株引受権の価額を収入金額として一時所得を算定することになるのである。

(三)  控訴人は、個人間における金銭を対価とした資産の譲渡(売買)の場合を例として法第三八条第一項の規定を引用し、法第三六条第二項の規定を資産の譲受人に対する課税に機能する規定であるかのように主張しているが、この見解は誤りである。

すなわち、法第三六条の規定は、各種所得の金額を計算する場合の収入金額をいかに算定するかを定めたものであり、同条第一項括弧書は、金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもつて収入する場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額によるものとし、当該価額は同条第二項において「当該物又は権利を取得し、又は当該利益を享受する時における価額とする。」と規定している。したがつて、同条が資産を譲り受けた者に機能する規定ではなく、資産を譲渡した者の所得計算を規定したものであることは明白であるが、さらに同法第三八条第一項は、資産を譲り受けた者が後にこれを譲渡する場合に機能する規定であり、また法第三六条は「取得した時における価額」、第三八条第一項は「取得に要した金額」とされていることからも、これを同一の基礎から成る規定と解することはできない。

(四)  控訴人は、法第三六条第二項にいう「……する時における価額」とは、現物出資によつて取得した株式の発行価額によるべきである、と主張するけれども、資産の譲渡による対価が金銭以外の物又は権利その他の経済的な利益によつて形成されるときは、当該金銭以外の物又は権利等は、譲渡人においてその客観的価値を直ちに価値尺度である金銭に改めて替え得る可能性をつねに含むものであるから、当該資産は、譲渡により得られた金銭以外の物又は権利等の客観的価値相当の価値(それは端的に時価である)に変換し、譲渡人はその価値を正に享受したとみることができる。換言すれば、まず対価が金銭でなされたときは、金銭は元来他の財貨の価値の尺度たる機能を有するところから当該資産の譲渡によりそれが幾ばくの価値を具現したかは、その金銭の数額によつて一義的に定まるのである。それゆえ当該資産の有する通常の取引価額を無視して当事者が法の定める制限内で自由にその譲渡価額を右取引価額より低廉に定めたところで、対価を金銭で収受する限り譲渡人は正に当該資産の譲渡により金銭で表示されたその約定価額の価値のみしか取得することができないのであるから、当該資産を保有していた値上り益も結局その限度でしか享受するにすぎないわけである。ところが、その対価が金銭以外の物又は権利等であるときは、いかに当事者間でその物又は権利等につき、それらの有する客観的価値を離れて取引価額を約定したところで、それはその物又は権利等の有する客観的価値に影響を与えないということができるから、右の価額は「発行価額」ではなく、時価によるべきであることはいうまでもない。

(五)  控訴人は、控訴人が取得した新株は、訴外会社の株主として与えられた新株引受権に基づき現物出資して取得したものである旨主張する。

しかし本件における現物出資が、株主の地位に基づいた新株引受権に対してなされたものでないことは、現物出資による新株発行の性質上当然のことであるばかりでなく、他の株主に新株引受権が与えられていないことからも明らかである。

そして、本件現物出資は、訴外会社が控訴人の有する特定の資産すなわち本件不動産に着目し、これを訴外会社に移転させる代償として控訴人に新株を与えたもの、換言すれば、控訴人は本件現物出資資産の所有者たる地位に基づいて新株を与えられたものであつて、株主たる地位に基づいて新株引受権を与えられたものではないから、与えられた新株の価額(時価)が、本件現物出資資産にかかる譲渡所得の収入金額を構成することは明らかである。

三  証拠関係<省略>

理由

当裁判所も、控訴人の本訴請求のうち、被控訴人が控訴人に対して昭和四五年四月三〇日付でなした控訴人の昭和四三年分所得税の更正ならびに過少申告加算税賦課処分の取消を求める部分を却下し、その余の請求を棄却すべきものと判断する。その理由は、次に附加訂正するほかは原判決の理由と同一であるからこれを引用する。

一  原判決二九枚目裏一行目に「所得税法第三二条」とあるのを「所得税法第三三条」と改める。

二  原判決三二枚目表八行目から一〇行目までを、「また、控訴人は、所得税法第三八条第一項、同法施行令第八三条、第八四条第一項等の規定を根拠として、被控訴人の同法第三六条第二項の解釈が誤りである旨主張するけれども、同条の趣旨を正解しないか或いは独自の見解に基づくものであつて、いずれもこれを採用することはできない。」と改める。

三  控訴人は、本件で控訴人が取得した株式は、訴外会社の株主として与えられた新株引受権に基づき新株の引受をなし、本件不動産を現物出資して取得したものである旨を主張し、これを前提としてその取得した株式の価額は発行価額によつて算定すべきである旨を主張するけれども、本件にあらわれた全ての資料を検討してみても、控訴人のした現物出資を株主として付与された新株引受権に基づく株式の引受によるものと認めることはできないから、右主張は既にその前提において到底採用することができないものといわなければならない。

よつて、原判決は相当であつて、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき、民事訴訟法第九五条、第八九条、行政事件訴訟法第七条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 江尻美雄一 滝田薫 桜井敏雄)

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